自由という自由

若者に自由という話は、多分に時間の長さからして、自由ということを表現されて、経営という立場からの自由ということは資金力だったりすると思います。

自由ということは、本当は、自分にとってのことを考えた場合には、いろいろな形が存在していて、それを自分なりに自由かどうかという評価を持っているということが、自由というレベルになっているかということだと思うのですが。

自由というレベルを持っている人には、現在がどの程度自由かを言えるのかも知れませんが、自由だと言われても、どこが自由なのかが分からないならば、それは単なるやまびこのような声ですよね。