可能なことと不可能なこと。

どんなことも努力をしていれば、可能となるということを聞きます。

ですが、それとは反対のことを言う方が居て、どんなに努力をしても不可能なことがあるという。

病気や、不自由なことを感じていないような立場であれば、気軽に努力と言えるのでしょうが、簡単だと思えることにでも難しいというひとも居るので、そこは違うと言えるでしょうし。

しかし、届くと思えるからこそ、努力といことをあてがっているのであって、本当に無理だと思えば、そんなことは言わないとは思うのです。

ラーメン5杯に、カツ丼を10杯食べろと言われても、小食のひとに努力すれば食べられると思えるでしょうか?!それが、とても大食の方であれば、どこかで、見たい!できる!と、いろいろとお互いに盛り上がると思うのです。

ですから、そういう感情が芽生えるような相手だと認められたことが、努力してみようという言葉でもあるのだろうなと、気付いています。