何かを知れたらラッキー。

疑うことをすると、安全に物事が進むことを保守的という表現をします。

例えば、道を歩いていると、気持ちが落ち着くよと聞いたとしましょう。

疑う心を持てば、いろいろな人に会って、見られて余計に気分を害する。

そんなことに結び付けるでしょう。

知ろうとする心の場合には、そんな道ってどんな場所だろうかと考えて、子供のころの堤防にあるあの道で、きっと早朝に歩くと違うってことだろうかと思ったりします。

何が違うかと言えば、何かと結びつけようとする力だと思っています。

知ることが出来るのは、動作として自分の何かと結びつけることをしているのだと思うので、それを批評することでは結論が有りませんが、やはり何かとどうするかを考えられるかどうかは大切ですよね。